5~12世紀の東アジアにおける〈術数文化〉の深化と変容

研究組織

研究代表者

水口 幹記(藤女子大学文学部教授)

研究分担者

名和 敏光(山梨県立大学国際政策学部准教授)

佐野 誠子(名古屋大学人文学研究科准教授)

松浦 史子(二松学舎大学文学部准教授)

清水 浩子(大正大学綜合仏教研究所研究員)

田中 良明(大東文化大学東洋研究所准教授)

佐々木 聡(金沢学院大学文学部講師)

髙橋 あやの(関西大学東西学術研究所非常勤研究員)

山崎 藍(青山学院大学文学部准教授)

洲脇 武志(愛知県立大学日本文化学部准教授)

国内外研究協力者

深澤瞳(大妻女子大学・武蔵野大学非常勤講師)

ファム・レ・フイ(ベトナム国家大学ハノイ校・人文社会科学大学・東洋学部日本研究学科講師)

鄭淳一(高麗大学歴史教育科助教授)

孫英剛(浙江大学歴史系教授)

ハイエク・マティアス(パリ・ディドロ大学准教授)

要旨

本研究は、前研究(前近代東アジアにおける術数文化の形成と伝播・展開に関する学際的研究)での成果を軸に、東アジア世界をより深く分析し、人的・物的・政治的交流を主として論じられる対外関係史・交流史に対して、思想史・文化史の側面から新たな視覚を提供するため、時期を狭め5~12世紀の〈術数文化〉を議論する。その際、前研究では分析対象であった〈術数文化〉を本研究ではアプローチ手法に据え、〈術数文化〉が対象としていた世界認識そのものを対象化し議論することにより、東アジア的視点からの世界分析・現状分析の手法・概念を提示することができると考えている。

方法としては、各年度共に、①研究課題検討会の開催、②国内・海外の資料調査及び交流、③訳注・翻訳作業を柱として推進していく。その際、3つのテーマ別班を編成し、その上で初年度は祥瑞災異、次年度は天文・占術、最終年度は〈術数文化〉全体を年度課題とし検討を進め、さらには、地域別班(中国・日本・韓国・ベトナム)とクロスオーバーさせる形で、本研究課題の達成を目指す。

学術的背景・問い

「術数」は『漢書』芸文志に用語使用が見られて以降、中国の学術としての位置づけがなされている。これに対し、水口を代表として行った科研費基盤(B)「前近代東アジアにおける術数文化の形成と伝播・展開に関する学際的研究」(16H03466。以下、前研究)では、従来の術数研究が学問・知識体系上の位置づけでの議論が主であったのに対し、そうした知識人たちの認識のみならず、一般庶民を含む諸階層、さらに、中国を中心とした周辺諸国・諸地域への伝播・展開を幅広くみることにより、術数に関わるもの(中国の中心的な術数からは異端、もしくは純粋に術数とみなせないものも含む)を〈術数文化〉と称し、前近代の東アジア世界を 分析するタームの一つとして定義づけた(水口幹記「〈術数文化〉という用語の可能性について」、同編『前近代東アジアの〈術数文化〉』、勉誠出版、2020)。

前研究の成果を踏まえた上で、東アジア世界をより深く分析し、人的・物的・政治的交流を主として論じられる対外関係史・交流史に対して、思想史・文化史の側面から新たな視覚を提供するため、 本研究では時期を狭め5~12世紀の〈術数文化〉を議論する。その際、〈術数文化〉そのものを研究すると同時に、前研究では分析対象であった〈術数文化〉を本研究ではアプローチ手法に据え、〈術数文化〉が対象としていた世界認識そのものを対象化し、議論していくこととする。

5~12世紀という期間は、中国だけでなく、日本・韓半島・ベトナムといった周辺地域においても、ひとつの区切りとなり、東アジアの〈術数文化〉を考える上では必須である。

研究内容

①東アジア地域における〈術数文化〉の共通性・相違性について

本問題を捉えるために、科学的な側面だけではなく、社会生活上の様々な側面に着目する必要がある。そこで広く文学・思想・学術面から研究を進めていく。また、韓国・ベトナム・中国・フランスの研究者に参加してもらうことにより、この問題を学際的・国際的に議論し、明らかにしていく。

②〈術数文化〉と書物(類書・文学作品)との関係について

類書や文学作品は、内容が祥瑞・災異・天文・陰陽五行・占術・鬼神など多岐に渡り、知識層のみならず一般庶民までも関わる内容を含み、また、周辺地域へ中国的知を網羅的にもたらす便の良い書物であるため広く受容されている。本研究では『天地瑞祥志』や複数の文学作品に注目し、校注を付し、それを基礎として思想的背景を関連資料も含めて検討することで、この問題を明らかにする。

③〈術数文化〉と出土資料・美術建築物との関係について

出土資料や敦煌文書、美術・モニュメント・建築も資料として重要な意味を持つ。特に、本研究では祥瑞図の付された画像石や壁画墓に注目する。それは、画像石・壁画墓そのものの研究は比較的豊富であるが、祥瑞図に関する研究は手薄であるためである。これらの検討により、東アジア地域における伝世文献の文字資料以外における〈術数文化〉の影響について明らかにしていく。

④海外における〈術数文化〉研究の検討・紹介

近年は海外でも〈術数文化〉と関わる研究が盛んであるが、これらの研究が日本に紹介されることはあまりない。そこで各国の主要な論考を翻訳し、検討会の場で合評・討論し、研究の進展に役立てる。また、重要な論考を社会に公開していくことにより、研究の発展に寄与する。

⑤国内・海外学術交流の人的基盤作り、及び〈術数文化〉用語の浸透を図る

国内外の調査地において、当該地域の研究施設・大学・図書館・現地研究者などと懇談の場・時間を必ず設け、積極的な意見・情報の交流を行う。本交流の狙いは、関連研究者のプラットホーム作りとともに、本課題の主要概念である〈術数文化〉の学術用語としての浸透を促すことにある。そして、それらで得た情報を発信し交流する場として、また〈術数文化〉という学術用語の浸透を図るべく、HPを開設する(本HPを指す)。

学術的特色・独創的な点

①〈術数文化〉による当該期中国の世界認識を見る―「術数」の再検討

現在の術数学の定義では、『漢書』芸文志の規定を基礎に独自の解釈を加えるか、明代以降の『四庫提要』における「知識層の認識」を基礎に議論されている。しかし、当該期を扱う際にその議論が総て適合するわけではない。そこで、より広く一般庶民も含む諸階層の認識を含みこんだ〈術数文化〉からの分析により、1:当該期の特徴(漢代以降の深化・変容の状況)の検討、2:前後の時代との比較、3:従来の「術数」認識の再検討(同一地域内での時代差における世界認識の相違についての具体的検討)が可能となる。

②学術用語・分析概念としての〈術数文化〉の浸透―東アジアにおける世界認識への新視覚

現在の術数定義は「中国の認識」が前提であるため、中国以外の地域の検討に際しては「地域差・文化状況」を視野に入れ用いねばならない。しかし、地域差を含んだ〈術数文化〉の定義を新たに用いることで、1:東アジア諸地域における世界認識の検討、2:各地域における〈術数文化〉の深化・変容の検討、3:その特殊性および東アジアの共通性の検討が可能となる。

以上により、「中国中心」であった術数議論に「東アジア地域」を巻き込み、新出の用語・定義である〈術数文化〉の浸透を目指す。これが達成できれば、東アジアを分析する新たな視座が設けられるとともに、本課題班が牽引役となり、汎東アジア的な術数研究の推進を促すことが可能となろう。

③類書形式の術数文献、及び文学書・作品への注目―等閑視された資料群への着目

主要な術数文献には類書形式で書かれたものや類書の中に佚文として含まれるものが多いものの、その研究は思いの外乏しい。そのため本研究では、天地瑞祥志研究会(代表:水口)が作成してきた日本佚存類書『天地瑞祥志』訳注稿(未完)をベースとし、類書形式の術数文献のあり方を追究する。

さらには、同じく従来は術数研究からの言及が少ない文学書・作品(唐の『広古今五行記』、ベトナムの『粤甸幽霊集録』、詩賦類)を主要対象の一つとして検討することにより、術数文化の深化(知識層から一般庶民へ、など)と周辺地域への伝播・変容の様相を明らかにすることができると考えている。