基礎情報
『天地瑞祥志』は、全二十巻で構成されている天文を中心とした専門類書である。『隋書』経籍志・『新唐書』芸文志などの目録類にも見えず、現在中国には残されていない。日本にのみ残されていたいわゆる佚存書である。
日本では『日本三代実録』貞観十八年(八七六)八月六日条を初見とし、以後、江戸時代に至るまで陰陽道関係文献を中心として、様々な場面で利用されてきたことが確認できる。
現在、現存最古の写本である前田育徳会尊経閣文庫本(江戸時代の貞享三年[一六八六]写)のほか、尊経閣本の忠実な書写本である京都大学人文科学研究所本(昭和七年[一九三二])などが存在しているが、全巻が伝存しているのではなく、「第一」「第七」「第十二」「第十四」「第十六」「第十七」「第十八」「第十九」「第廿」と、約半数の九巻が残存しているのみである。
一方中国では、二種類の影印本が刊行されている。一つは薄樹人主編『中国科学技術典籍通匯』天文巻四(河南教育出版社、一九九三年)に含まれているものであり、もう一つは高柯立選編『稀見唐代天文史料三種』(国家図書館出版社、二〇一一年)に含まれているものである。両書は、共に北京の国家図書館(京大人文研本のコピーと思われる)であるが、後者のほうが図版が大きく見やすい。
本書は、残存している「第一」の「啓」によると、麟徳三年(六六六)四月に「大史臣薩守真」により、「大王殿下」へ提出されたものであることがまず確認できるが、麟徳三年は正月に改元しているため四月は存在しないことなど、不審な点が多く見られ、その成立に関して多くの疑義が呈されている。特に本書の編集地については、唐であるのか新羅であるのかで議論が分かれている。
先行研究
『天地瑞祥志』の研究として、以下のような論考が存在する。
・中村璋八「天地瑞祥志について(附引書索引)」
(『日本陰陽道書の研究』、汲古書院、二〇〇〇年)、初出は一九六八年。)
・太田晶二郎「『天地瑞祥志』略説―附したり、所引の唐令佚文」
(『太田晶二郎』第一冊、汲古書院、二〇〇〇年、初出は一九七三年。)
・水口幹記「近世における『天地瑞祥志』の利用と衰退」
(王勇・久保木秀夫編『奈良・平安期の日中文化交流』、農山漁村文化協会、二〇〇一年)
・水口幹記『日本古代漢籍受容の史的研究』
(汲古書院、二〇〇五年)
・松浦史子「『天地瑞祥志』に見る『山海経』の受容について-郭璞の影響を中心に」
(『早稲田大学21COE アジア地域文化エンハンシング研究センター報告書 (Ⅲ)』、 二〇〇六年)
・水口幹記「日本珍蔵唐代佚書《天地瑞祥志》略述」
(『文献』、二〇〇七年)
・水口幹記「『天地瑞祥志』に載る呪符」
(住吉大社編『遣隋使・遣唐使と住吉津』、東方出版、二〇〇八年)
・水口幹記「関于敦煌文書(P2610)中風角関連的一個記事考察―参考『天地瑞祥志』等与風角有関的類目」
(張伯偉編『風起雲揚―首届南京大学域外漢籍研究国際学術研討会論文集』、中華書局 、二〇〇九年)
・松浦史子「關於瑞祥志中可見的「似鳳四凶鳥(發明・焦明・鷫鸘・幽昌)」之来歴-以日本前田尊経閣文庫本『天地瑞祥志』引『樂斗圖』爲端緒」(『興大中文学報』第二十七期(増刊『新世紀神話研究之反思』)、二〇一〇年)
・水口幹記「日本呪符の系譜―天地瑞祥志・道蔵・日用類書―」(武田時昌編『陰陽五行のサイエンス 思想編』、京都大学人文科学研究所、二〇一一年)
・佐野 誠子「含怨髑髏―《天地瑞祥志》所引用的《列異記》佚文介紹和分析」
(『中国文哲研究通訊』26(2)、二〇一六年)
(『名古屋大學中國語學文學論集』第二十九号、二〇一五年)
・水口幹記「関於伝到日本的術数書、占書」
(南京大学古典文献研究所主編『古典文献研究』 第二十一輯上巻、鳳凰出版社、二〇一八年)
・佐野 誠子「『天地瑞祥志』第十四神項所引志怪佚文について―八部将軍と四道王」(『日本中国学会報』第七十集、二〇一八年)
・名和 敏光「古記録所見の勘文と『天地瑞祥志』佚文」
(『“従中古到近代写本文化与跨文化交流”国際学術研討会会議論文集』、二〇一九年)
・権悳永「『天地瑞祥志』の編纂者に関する新しい見方 ―日本へ伝来された新羅の天文地理書の一例―」
(名和敏光編著『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』、汲古書院、二〇一九年)
・趙益・金程宇「『天地瑞祥志』に関する若干の重要問題の再検討」
(名和敏光編著『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』、汲古書院、二〇一九年)
・洲脇武志「引用書から見た『天地瑞祥志』の特徴―『開元占経』及び『稽瑞』所引の『漢書』注釈との比較から」
(水口幹記編著『前近代東アジアにおける〈術数文化〉』、勉誠出版 、二〇二〇年)
項目と翻刻の刊行状況
項目(青色は公開済み・黒色は未公開)
「第一」
啓 明載字 明灾異例 明分野 明灾消福至 明目録
「第七」
内官卌六官〈附見五官〉 外官九十官〈附見二官〉
「第十二」
風惣載 風期日 正月朔旦風 五音風 六情風 八風〈主客附見〉 廻風雨
雨 雨惣載 候雨 候雨雨 時雨〈正月朔附見〉 當雨不雨 偏雨 無雲而雨〈軍雨附見〉 異雨 霖雨
「第十四」
音 童謡 妖言 革俗 神 鬼 魂魄 物精
「第十六」
月令 五行 木 火 土 金 水〈井附見・醴泉〉
「第十七」
宅舍 光 血 宍 毛 衣服 床 刀劔 鏡 鼎 釜 甑 甕 印璽 金縢 環 玉 貝 蘓 胡鈎 山 石 舩 金車 銀車 象車 山車 烏車 威車
「第十八」
禽惣載 鳳皇 發明 焦明 鷫鶴 幽昌 鸞 吉利鳥 冨貴鳥 鸑鷟 商〓 鷄〓 海鳬 鶩丘 〓 跋踵 潔鈎 〓溪 酸興 〓鼠 〓鴋 〓遇 〓 大鶚 鶼〈一名比翼〉 鸜 鶴 鸛雀 鵞 〓 鳬 鵜鴣 鶖 〓 鷗 白鷺 世樂 鷄 雉 烏 鵲 鶉 鷓胡 〓 雀 鴳 鴝鵒 鵙 鸜鵒 反舌 載〓 鷹 鳩 鳶 鴞 梟 蟬 〓 蠛蠓 胡蝶 蜂 蟷蜋 魚 龜 〓 蟹 虫 蜘蛛 蝗 蚯蚓 蟻 螻蛄 蝦蟆 射妖
「第十九」
獣惣載 麒麟 象 馬 牛 羊 犬 虎 狼 熊 猪 麋 麈 〓 〓 鹿 麞 駿牙 狐 菟 猨 狸 〓 獺 犀 解豸 〓 白澤 狡 比〓 周巾 角端 狸力 長舌 猾 朱厭 〓 朱儒 蜚 蝟 鼠〈服翼附見〉 龍 蛟螭
「第廿」
祭惣載 封禅 郊 祭日月 迎氣 巡狩 社稷 宗廟〈拜墓附見〉 藉田〈〓附見〉 霊星 三司 明堂 五祀 髙禖 祭風雨 雩 祭氷 〓 儺 祭馬 治兵 祭向神 祭鼓麾 盟誓 振旅 樂祭 祭日 遭事
※「〓」は表記できない文字。また、現存していない篇の目録は、「第一」の「六明目録」に掲載されている。以上の点については、水口幹記・田中良明「京都大学人文科学研究所蔵『天地瑞祥志』翻刻・校注―「第一」の翻刻と校注(一)―」を参照。
刊行状況
第一→全公開
・水口幹記・田中良明「京都大学人文科学研究所蔵『天地瑞祥志』翻刻・校注―「第一」の翻刻と校注(一)―」
(『藤女子大学国文学雑誌』第九十三号、二〇一五年)
・水口幹記・田中良明「京都大学人文科学研究所蔵『天地瑞祥志』翻刻・校注―「第一」の翻刻と校注(二)―」
(『藤女子大学国文学雑誌』第九十四号、二〇一六年)
第七→一部公開
・田中良明「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第七翻刻・校注―内官(一)」
(『大東文化大学紀要』第六十号〈人文科学〉、二〇二二年)
・田中良明「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第七翻刻・校注―内官(二)」
(『大東文化大学紀要』第六十一号〈人文科学〉、二〇二三年)
・髙橋あやの「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第七翻刻・校注―外官(一)」
(『大東文化大学 漢学会誌』第六十一号、二〇二二年)
第十二→一部公開
・水口幹記「第十二 翻刻・校注―「風総載」「風期日」―」
(名和敏光編『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』、汲古書院、二〇一九年)
・「京都大学人文科学研究所蔵『天地瑞祥志』第十二翻刻・校注(二)―「正月朔旦候風」「五音風」―」
(『藤女子大学国文学雑誌』第一〇四号、二〇二一年)
第十四→全公開
・佐野誠子・佐々木聡「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十四翻刻・校注」
(『名古屋大学中国語学文学論集』第二十九輯、二〇一九年)
第十六→全公開
・深澤瞳「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十六 翻刻・校注―「月令」(一)」
(『武蔵野大学日本文学研究所紀要』第六号、二〇一八年)
・深澤瞳「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十六 翻刻・校注―「月令」(二)」
(『武蔵野大学日本文学研究所紀要』第七号、二〇一九年)
・深澤瞳「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十六 翻刻・校注―「月令」(三)」
(『大妻国文』第五十号、二〇一九年)
・深澤瞳「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十六 翻刻・校注―「月令」(四)」
(『武蔵野大学日本文学研究所紀要』第八号、二〇二〇年)
・洲脇武志「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十六 翻刻・校注―「五行」「木」「火」「土」―」
(『大東文化大学 中国学論集』第三十五号、二〇一七年)
・洲脇武志「第十六 翻刻・校注―「金」「水」―」
(名和敏光編『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』、汲古書院、二〇一九年)
・山崎藍「第十六 翻刻・校注―「醴泉」「井」―」
(名和敏光編『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』、汲古書院、二〇一九年)
第十七→全公開
・山崎藍・佐々木聡・佐野誠子「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十七翻刻・校注(上)」
(『名古屋大学中国語学文学論集』第三十一号、二〇一八年)
・佐野誠子・松浦史子「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十七翻刻・校注(下)」
(『名古屋大学中国語学文学論集』第三十二号、二〇一九年)
第十八→会読終了・近日公開予定
第十九→一部公開
・清水浩子・佐野誠子「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十九翻刻・校注(一)」
(『名古屋大学中国語学文学論集』第三十三号、二〇二〇年)
・山崎藍・佐野誠子「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十九翻刻・校注(五)」
(『名古屋大学中国語学文学論集』第三十三号、二〇二一年)
・山崎藍「京都大学人文科学研究所所蔵『天地瑞祥志』第十九翻刻・校注(六)「狐」」
(『青山語文』第五十二号、二〇二二年)
第廿→一部公開
・名和敏光「第廿 翻刻・校注(下)―自「十六、雩」至「二十七、祭日遭事」―」
(名和敏光編『東アジア思想・文化の基層構造―術数と『天地瑞祥志』―』、汲古書院、二〇一九年)
・清水浩子・洲脇武志「京都大学人文科学研究所蔵『天地瑞祥志』第廿翻刻・校注(上)―「祭惣載」「封禪」「郊」」
(『人文社会論叢』第一号、二〇二二年)